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東京家庭裁判所八王子支部 昭和52年(家)3857号 審判 1978年9月26日

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は「事件本人の親権者に相手方から申立人に変更する。」との審判を求め、その申立ての実情として、申立人と相手方は昭和四二年五月二五日婚姻し、同四五年一月四日には長女の事件本人をもうけたが、その後夫婦仲が不和となり昭和四八年一〇月一日協議離婚し、その際事件本人の親権者を父である相手方に定めたけれども、相手方は事件本人を手許で養育せず、事件本人は施設に収容されている事情にあるところ、事件本人も家庭生活を望んでいるので、事件本人の親権者を申立人に変更する旨の審判を求めると述べた。

よつて按ずるに、一件記録によれば次の事実が認められる。

申立人は佐賀県で生れ高校卒業後ガソリンスタンド(○○石油株式会社)に就職した。相手方も北九州市○○で生れ旧制商業学校を卒業し、申立人が上記ガソリンスタンドに就職した当時偶々同ガソリンスタンドの店長格であつた。そして申立人と相方方は知り合い九州で同棲していたが、昭和四一年一月頃まず相手方が出版会社に就職するため単身上京し、ついで同年一一月頃申立人も相手方の後を追つて上京し、昭和四一年五月東京で両名は正式に婚姻した。両名間には昭和四五年一月四日長女の事件本人が出生した。

しかし相手方が就職した出版会社は到産し、その後相手方自身が起した出版業もまた経営不振で倒産し、相手方は借金に追われ職を転々としたばかりか、麻雀等の賭事にふけつて家計をかえりみなかつたときがあり他方申立人も異性関係につき相手方に疑われるような言動があつたため、やがて夫婦不和になり、昭和四八年七月末頃申立人は遂に家出をしてしまつた。その後申立人は弁護士○○○を代理人に立て、もつぱら同弁護士を介して相手方と離婚問題につき話し合つてもらつた結果、同年一〇月一日事件本人の親権者を相手方と定めて協議離婚した。

相手方は親権者になつたものの、わずか三歳九月の事件本人を抱えて仕事も出来ず困惑してしまつたので、上記○○弁護士を介して申立人に対し再度事件本人の監護養育につき話し合いたい旨申し入れたが、申立人からは確たる応答がなかつた。そこで相手方はやむをえず児童福祉施設で事件本人を保護育成してもらうこととした。

事件本人は昭和四八年一一月一日から現在も引き続き東京都杉並区○○×丁目××番所在の社会福祉法人○○○○○○○○○の寮に在所しているが、明るい性格の子で身心共に順調に成長している。もつとも申立人から電話があつたりしたため、昭和五二年五月頃一時情緒不安定になつたことがあつたが、現在ではこれも解消して、慣れた集団生活の中で安定した日々をすごしており、母である申立人を慕う気持はあるけれども、それでも父である相手方への愛情、繋の強さを明確にしめしている。

相手方は現在仲間三名と○○○○センターという名称で○○○の販売業を営んでいるが、心臓疾患で投薬を受けている状態で根限り稼働できないので、その収入はせいぜい年間一〇〇万円位であり、かつ事業の失敗による従前の負債が今なお一〇〇万円位あるため、経済的には楽ではないけれどもアパートを借りて曲形にも独り暮しの生活をしている。しかし事件本人に対する父としてまた親権者としての自覚は十分であり、面会日には必ずといつてよいほど上記○○○の寮を訪れ事件本人と接触し、事件本人も満足しているほどの愛情をそそいでいる。

申立人は現在肩書住所地にある六畳、台所付きアパートを賃借してこれに居住し、○○株式会社○○工場に事務員として勤務し年間約一四四万円の収入を得ている。そして申立人は事件本人が児童福祉施設に預けられていることは事件本人の福祉のために不適当と盲信し、自己の手許に引き取りたい意向を強くもつている。なお申立人の同胞は、申立人が親権者になつて事件本人を引き取り養育することになれば、申立人に対し経済的援助、協力をしたいとしている。

以上の認定事実によれば、現在、申立人の方が相手方よりも経済的にはいくらか豊であつて、生活環境もまつ劣つているわけではなく、一応事件本人を手許に引き取つて申立人自身が直接監護養育できる状況にあるといえる。

しかし、離婚の際協議で親権者と定められた相手方が事件本人の福祉のために不適当になつたとする特段の事情は認められない。加えて、事件本人はすでに八歳になり、母の愛情と監護が父のそれにもまして不可欠であるといわれる幼児期を過ぎており、現在施設における集団生活という生活環境の中で安定した生活をしており、母である申立人を慕う気持よりも父である相手方への愛情、繋の強さを明確にしめしていること等上記認定の事情に鑑みると、現段階においては、事件本人の親権者を相手方から申立人に変更するのが事件本人の福祉のために適当であるとは認められない。

よつて本件申立は理由がないから却下することとし、主文のとおり審判する。

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